学会情報

中国史史料研究会 会報第7号:試し読み

表紙は『三才図会』より白沢。


大野裕司「第2 術数学へのいざない」

はじめに

前号に引き続き、日本語で読める近年の研究成果を中心に紹介しながら術数学の魅力について述べる。本号では中国思想史上における術数のあり方を見ることで、その影響力を確認してみたい。

1.先秦

前号から種々の研究を紹介しているものの、残念ながら術数全体をカバーする総合的な研究はいまだなされていない。これが術数学とは何かをわかりにくくしている一番の原因だと思われる。しかし、先秦に限っては、李零『中国方術考』『中国方術続考』があり、先秦術数学の総合的研究となっている。該書は中文書であるが、筆者は最近『中国方術続考』中の「占卜方法の数字化よりみた陰陽五行説の起源」を翻訳した(『中国哲学』47、2019)。術数(数術)とはその名のとおり、数の術であり、時間と空間を数字化することで両者を対応させる方式で、その方式の二大系統が「陰陽」と「五行」であるとする。このような術数学の影響下で、数字によって卦画が記される「数字卦」から、卦数の二元化が推進され、『周易』が成立した。このように術数学が『周易』の成立に影響を及ぼしたと予想されるのである。ただ具体的にどう影響を与えたのかなどはまだ明らかにはされていない。……


亀田俊和「亀田俊和の台湾通信 8回」

今回は、台湾の学生が日本史に対して抱いている興味関心などについて簡単に紹介したい。

今までも少し触れたが、2017年7月25日に拙著『観応の擾乱』の初版が刊行された。台湾に来る直前である。幸いかなりのご好評をいただいたようで、引っ越し作業の最中も毎日ツイッター等をチェックしていた。チェックしすぎて、担当編集の上林達也さんに心配されたほどである。

今でも忘れられないのは、何かの用事でJR京都駅に行ったときのことである。まだ時間があったので、時間をつぶすために地下の書店に行くと、『観応の擾乱』が平積みとなっていた。すると、拙著を1冊手に取って、熱心に読まれている男性客がいた。購入するか迷っているらしく、何度も書棚とレジを往復されていた。まさか著者本人が近くから眺めているとは思いもよらなかったであろう。よっぽど声をかけようかと思ったが自重した。この方が結局拙著を買われたかどうかは、よく覚えていない。……


野澤 亮「[書籍紹介]飯島渉『感染症の中国史 公衆衛生の東アジア』」

飯島渉『感染症の中国史 公衆衛生と東アジア』はタイトル通り、感染症の流行が中国や東アジアにどのようなインパクトを与え、政治や社会のあり方や公衆衛生制度を変えていったのかを平易に書いた新書である。著者はこれまで『ペストと近代中国』(研文出版、2000年)、『マラリアと帝国』(東京大学出版、2005年)といった同分野の研究書を出していたが、一般向けの書籍はおそらくこれが初めてである。

さて、詳細な内容紹介に入るが、まず本書の構成は斯くの如くである。

はじめに

第Ⅰ章 ペストの衝撃

第Ⅱ章 近代中国と帝国日本モデル

第Ⅲ章 コレラ・マラリア・日本住血吸虫病

終章 中国社会と感染症

主要参考文献

あとがき

目次を見てもわかる通り、本書で扱われているのは、ペスト、コレラ、マラリア、日本住血吸虫病の事例である。まず、第Ⅰ章では19世紀後半の広東、香港や上海、満洲のみならず世界各地で流行した腺ペストと20世紀初頭に満洲から流行した肺ペスト、そして当局や専門家の対策、地元住民の反発の事例を紹介している。著者は従来小さな政府を志向していた清朝政府がペスト流行を機に衛生改革と制度化に乗り出したとする。また、ロシアや日本はペスト流行に乗じて中国の内政に干渉を試み、清朝はこれに対して危機感を抱いたと述べている。その危機感から国際ペスト会議を清朝政府は主催し、日露両国の満洲進出への対抗のために米国などからも代表を招き、ペスト流行の政治化・国際化をはかったとしている。……


佐藤信弥「中国時代劇の世界 8 雲深不知処に響く笑傲江湖」

前回金庸の武侠小説『天龍八部』を取り上げたが、今回も金庸の作品に関連するドラマを俎上に挙げる。WOWOWで日本語版が放映されていた『陳情令』である。全50話構成、原題も同じく『陳情令』となる。墨香銅臭による『魔道祖師』を原作としたもので、中国では2019年に騰迅(テンセント)で配信され、男性同士の親密な関係を描く、いわゆるブロマンスとして熱狂的なファンを獲得した。本欄の第5回で取り上げた『長安二十四時』と同時期の配信となり、ともに高い評価を得た。両方とも男性同士でバディを組むという共通点がある。またドラマ化に先立ってアニメ版も制作されている。

本作は剣客たちの生きる武林を舞台とする武侠物である。中国では本作を指して「仙侠物」というジャンル名を用いているが、これはややファンタジー要素の強い武侠物という意味合いである。『陳情令』の世界では、姑蘇の藍氏、雲夢の江氏、清河の聶氏、岐山の温氏、蘭陵の金氏の五大世家が武林の名門とされ、このうち岐山の温氏が他の4世家と反目している。

主人公のひとり魏無羨(名は嬰で字が無羨。この作品では架空世界を舞台にしたものとしては珍しく、登場人物に字がある)は幼いころより雲夢の江氏のもとで育てられ、その一番弟子となっている。もうひとりの主人公藍忘機(同様に名は湛で字が忘機)は姑蘇の藍氏の次男坊で兄や叔父を補佐する立場にある。気さくでやんちゃな性格の魏無羨を肖戦が、沈着な優等生藍忘機を王一博がそれぞれ好演している。……


平林緑萌「前漢功臣伝抄 7 呂臣─陳勝を継ぐ者」

■『史記』の歴史認識

『史記』は武帝紀を含め、12の本紀を立てるが、このうち秦末から漢初にかかるのが秦始皇本紀、項羽本紀、高祖本紀である。

二世皇帝と子嬰は秦始皇本紀の末尾につけられ、楚懐王心(義帝)については記述が散在している。

それに比べ、陳勝は世家が立てられており、このあたりに(史料の獲得状況と無縁ではないにしろ)『史記』の歴史認識の一端をうかがうことができる。

さて、時系列でいえば、「反秦」反乱という事業は陳勝らが早くまた大規模に推し進めたものであり、それを懐王心を推戴する形で展開したのが項梁とその後継者の項羽である。項羽は義帝とした懐王心を弑し、楚漢戦争の末に劉邦が勝利することとなるのは読者諸賢もよく知るところであろう。

さて、陳勝らが蜂起する二世元年(前209)から、劉邦の皇帝即位(漢六年、前202)までは足かけ8年の時間がある。今回の主人公はこの間、陳勝に従ったのを皮切りに、最後は劉邦に投じて列侯となった人物である。その名を呂臣という。……


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