学会情報

中国史史料研究会 会報第6号:試し読み

表紙は宋刊本『三世相』より人字図。


大野裕司「第1回 術数学へのいざない」

はじめに

中国史史料研究会より筆者に術数学に関して書いてほしいと原稿の依頼があった。考えるに、これは近年国内で「術数」を冠する書籍、あるいは術数に関する内容だとみなされる書籍が陸続と出版され、術数学研究が中国学研究内で活況を呈しているように見え、だがその一方で、「学問的輪郭すら判然としない」術数学は、関係者外から見たとき、そもそも術数とはなにか、なぜ今になって研究が盛んになっているのか等々、謎が多い分野だと思われているから、そこについて書いてほしいという依頼なのではないかと思った。だが、本稿でその謎すべてを解明することは、紙数と筆者の能力からして難しいだろう。そこで本稿では、術数とはなにか、つまりまず定義を定め、その定義に沿って過去の研究を逐一紹介する、といった学術的な研究紹介はとりあえずあきらめ、なぜこんなにも多くの研究者が術数学研究に夢中になっているのか、どこに面白さを見出しているのか、 つまり術数学の面白さについて、中国学専門家ではない、またいわゆるアカデミシャンではない一般の本誌読者のため、主として日本語で読める近年の研究成果を中心に紹介することを通じて、術数学研究の全体像の見通しがつくような記事にしてみたい。

とはいえ最低限の定義を与えておかなければ稿を進めることもできない。「術数」は「数術」ともいい、両語の初出である『漢書』芸文志に「成帝の時に至りて……太史令尹咸をして数術を校せしむ」とあり、「数術」に顔師古が注して「占卜の書なり」という。「術数」は要するに「占い」のこと、広くいえば、占いに関した知識と技術の体系だと考えてほしい。……


二階堂善弘「伝国の玉璽はどうなったか」

フィクションのなかの伝国璽

「三国志」のファンであれば、「伝国の玉璽(伝国璽)」と聞いて、それが何なのかはすぐにおわかりいただけると思います。これは秦の始皇帝が作らせ、その後、前漢・後漢に引き継がれたという皇帝の印章です。日本の天皇も「三種の神器」を歴代伝えてきたわけですが、この玉璽も、いわば皇帝の位を象徴する宝物となっています。

玉璽の伝説としては『三国志演義』において語られるものが、いちばんよく知られているのではないでしょうか。

『三国志演義』の第四回から第六回あたりまでは、冒頭のクライマックス「虎牢関の戦い」を中心に、三国の英雄たちが次々に活躍する構成になっています。

この段では、まず曹操が董卓暗殺に失敗し逃亡、その後、十七鎮の諸侯に呼びかけて董卓を討とうとします。この諸侯の連合軍には、曹操をはじめ、劉備、関羽、張飛、孫堅、袁紹、袁術、公孫瓚などの重要なメンバーがほぼそろっています。

董卓の部将であり勇猛で知られる呂布と、劉備・関羽・張飛の三兄弟が戦う虎牢関の戦いのあと、董卓は都の洛陽を棄てて長安に遷都します。火を放たれて灰燼に帰した洛陽で、孫堅は井戸から玉璽を発見します。そのときに、孫堅の部将である程普が、伝国の玉璽の由来について語ります。……


目黒杏子「政治制度がかたちづくった「中国」に迫る 渡辺信一郎著『シリーズ中国の歴史① 中華の成立―唐代まで』」

本書は、2019年11月より順次刊行されている、全5巻のシリーズ「中国の歴史」の第1冊目である。本書が扱う時間的な範囲は、紀元前2000年代のいわゆる龍山文化期にはじまり、中国の歴史において際立って華やかな「世界帝国」唐王朝がまさに揺らごうとする8世紀半ばに終わる。

この、ひとつの王朝の半ばまでという、一般的な認識ではかなり中途半端にみえる区切りは、著者の渡辺信一郎氏(京都府立大学名誉教授)が本書において約3000年の長大なタイムスパンで語ろうとすること、さらには新たな中国史像の提示を目指した本シリーズのねらいと深い関係がある。

本書において語られるのは、華北(黄河流域を中心とし、北の遊牧地帯と南の稲作地帯にはさまれた地域)の農耕社会がはじまり、周辺地域との関係にもまれながら政治・経済面での中心地域となり、独自の政治制度と社会とをつくりあげる過程である。本書の本文で用いられる「中国」という言葉は、ほとんどこの華北地域と隣接する一部地域、そこで営まれた農耕社会、それを基盤とする政治的統合体を指す。……


亀田俊和「亀田俊和の台湾通信 第7回」

食事について。台北に来て最初の数日は、『地球の歩き方』に載っているお勧めのお店に行っていた。お勧めだけあって、確かにおいしいお店が多かった。ジャッキー・チェンもよく来ているというお店に行ったときは、入口がどこにあるかわからなくて迷ったが(台湾は、建物の入口がなぜかわかりづらい)、偶然バイクで通りがかった見ず知らずの人に親切に身ぶり手ぶりで教えてもらった。何ていい人がいるところなんだと感動した。牛肉麵というのも、初めて食べた。まあまあおいしい。
しかし、毎日お店を探すのもだんだん面倒になってきた。やがて『地球の歩き方』で探すのはやめ、宿舎の近くの店に行くようになった。
台湾の飲食店は、先にメニューの表を渡され、食べたいメニューに印をつけて注文する方式が主流である。値段はだいたい100元前後で、日本円だと350円くらいである。日本の外食と比べるとかなりやすい。料金はだいたい後払いであるが、日本式のラーメン屋はなぜか先払いである。
外食が安いため、台湾では自炊する人が少ないそうである。スーパーも食材の品揃えは貧弱で、部屋の台所も小規模であることが多く、備えつけられていないこともあるそうだ。部屋が汚れることを理由に、住人の炊事を嫌う大家(「房東」)もいると聞いたことある。火や包丁が危ないという理由で、父親に料理を禁止されている女子学生がいて驚いたこともある。そもそも台湾の水道水はそのまま飲むことができず、浄水器を取りつけるか煮沸する必要がある。私は自炊が嫌いなので外食が安いのはありがたく、こういうところも台湾の人たちと合っていると感じている。……


広中一成「満洲人物伝 第5回 満洲を空から守る―河井田義匡(下)」

関東軍の南下を空から支援

1932年7月26日、満洲国の首都奉天市(現瀋陽市)に誕生した満洲航空株式会社(以下、満航)は、関東軍の満蒙進出とともに、活動の幅を広げていきます。そのひとつが、飛行機を使った前線部隊への物資輸送や、傷病者を病院へ送る後方活動でした。その任務はすでに満洲事変のときに始まっていましたが、満洲国建国後も引き続き実行されます。そのひとつが、熱河作戦での航空輸送です。

熱河作戦とは、1933年2月下旬、満洲国の南隣にあった熱河省(現河北省北部)の占領を目的とした関東軍の軍事行動です。もともと熱河省は、満洲国の成立と同時にその一部となるはずでした。しかし、満洲国入りに前向きだった熱河省政府主席の湯玉麟が、建国直前になって態度を変え、満洲国と敵対したのです。

熱河省には満洲国の財源のひとつとして期待されたアヘンが栽培されており、建国まもない満洲国の治安を確立するためにも、関東軍にとって熱河省の平定は喫緊の課題でした。関東軍は歩兵だけでなく戦車も投入して砂漠の広がる熱河省を進攻します。

熱河作戦の開始にあたり、関東軍司令部航空課長の鳥田隆一中佐は、満航に対し、航空輸送隊を編成して熱河作戦に参加するよう命令を出します。満航が民間会社であったことから、関東軍は輸送隊を徴用するにあたり、隊員を全員関東軍嘱託とし、作戦期間中の給与や機材など輸送隊にかかる費用については関東軍が保証すると定めました。……


佐藤信弥「中国時代劇の世界 第7回 北宋に生きる「異民族」」

前回は「スリーパー・セル」をキーワードにして、漢人の社会の中で潜伏して暮らす少数民族のことを取り上げた。こうした境遇に置かれている漢人の目から見た「異民族」として印象的なのは、金庸の武侠小説『天龍八部』に登場する喬峰(蕭峰)である。金庸は浙江省の海寧出身で、新中国成立後長らく香港に在住していた人物である。『天龍八部』は清代を舞台とした『鹿鼎記』とともに金庸作品中の最長編であるとされ、他の長編と同様に何度もドラマ化されている。このうち日本語版が存在するものとしては、ドラマ『三国志』『水滸伝』の制作に携わったことで知られる張紀中のプロデュースにより2003年に放映されたバージョン(張紀中版)と、近年金庸や台湾の武侠小説家古龍原作の武侠ドラマを多く手がけている華策影視の制作により2013年に放映されたバージョン(華策版)とがある。現在も新版のドラマが制作中とのことである。

『天龍八部』は11世紀末の北宋第7代哲宗の時代を舞台としており、喬峰は本作の4人の主人公のうちの1人である。張紀中版では『レッドクリフ』の趙雲役などで知られる胡軍、華策版では香港出身で時代劇作品に多く出演している鍾漢良(ウォレス・チョン)が演じている。……


平林緑萌「前漢功臣伝抄 第6回 灌嬰─秦の騎兵運用を受け継ぐ」

■布売り商人だった功臣

『史記』樊酈滕灌列伝は樊噲、酈商、夏侯嬰、そして今回とりあげる灌嬰の功臣四人の事績を記す。

その末尾で太史公は自ら沛豊を訪ねたことに触れ、以下のように述べる。

吾適豊沛、問其遺老、観故蕭・曹・樊噲・滕公之家、及其素、異哉所聞。方其鼓刀屠狗販繒之時、豈自知附驥之尾、垂名漢廷、徳流子孫哉。余與他廣通、為言高祖功臣之興時若此云。

太史公の言うところを信じるとするならば、蕭何、曹参、樊噲、夏侯嬰の生家は保存されていたということになる。そして、「鼓刀屠狗販繒之時」と犬肉を商っていた樊噲と併せて述べられるように、織物商人であった灌嬰もまた、生家は「素」であったと認識されている。(なお、他廣は樊噲の子孫。)

それでは、一介の織物商人にすぎなかった灌嬰は、いかにして精強な騎兵を率い、項羽を討ち取るに至ったのであろうか?……


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