学会情報

中国史史料研究会 会報第5号:試し読み

会報第5号(表紙)

表紙は旧満洲国の10円紙幣(趙公明の肖像)。


二階堂善弘「お札になった趙公明」

旧満洲の紙幣と趙公明

筆者はふだん、『西遊記』や『封神演義』などのフィクションが、中国を含むアジアの華人社会にどのような影響を与えたかを調査しています。たとえば東南アジアには、架空の人物(動物?)である孫悟空を斉天大聖という神さまとして祀る廟がたくさんあります。これは『西遊記』そのものが生み出した信仰と言えるでしょう。類似の例はたくさんあります。

それでも、時々驚くような事があります。今回は『封神演義』の登場人物である趙公明が、お札の肖像の人物として採用された事例について紹介したいと思います。

もっとも、その紙幣は旧満洲国で使われたもので、「満洲国圓」と呼ばれます。実はウィキペディアにもちゃんと項目があります(https://ja.wikipedia.org/wiki/満州国圓)。趙公明が採用されたのは、五角と十円の紙幣になります。ちなみに、百円札の人物は孔子で、五円札は孟子です。そもそも、この「孔子・孟子・趙公明」という扱いからして、なかなか理解しがたいものがあります。

趙公明とは、むろん実在した人物ではありません。その名は『封神演義』の登場人物として、よく知られています。……


亀田俊和「亀田俊和の台湾通信 第6回」

台北遷都の1日目は、西門という地区にあるホテルに泊まった。夕食を食べに外に出たら、若い人がたくさんいてにぎわっていた。これも後で知ったが、西門というのは日本で言えば渋谷のような街だそうである。

歩行者天国(?)では、さまざまなイベントが行われていた。まず、乃木坂46の齋藤飛鳥さんにそっくりな女の子が、真っ白なドレスを着てハープを演奏していた。いい島に来たと、心底から実感した。続いて、恵比寿★マスカッツの垂れ幕を発見した。台湾では大人気らしい。

広い交差点に出ると、台湾の独立を主張する政治団体が集会を開いていた。立て看板で、彼らの主張に賛同する海外の政治家が紹介されていた。アメリカと香港、そしてカナダの政治家の写真が載っていたが(カナダは台湾とけっこう仲よしらしい)、日本の政治家は1人もいなかった。主張の是非はさておくが、とりあえず情けないなとは思った。

翌日、大学の学科事務室に行った。この日は、宿舎に引っ越す日である。台湾大学は、教師用の宿舎が充実している。3年期限の新人教師用の宿舎があり(後に4年に延長)、希望の部屋を申請して、抽選で割り当てられる。日本にいた頃にその手続きはすでに終え、部屋は決定していた。ちなみに台湾の大学は学生の寮もたくさんあり、学生たちも寮に住むのが主流らしい。

まずは事務の人に宿舎関連の部署に連れて行ってもらい、契約書にサインした記憶がある。そのときに受けたたくさんの説明を、事務の人に日本語に翻訳してもらった。ゴミは地下1階のゴミ捨て場に捨てるのであるが、日本以上に分別が厳格で、監視カメラが設置されているので誤魔化したらすぐにわかるというのが特に印象的であった。……


三木啓介「研究者旧蔵書を読む――貝塚茂樹と仁井田陞――」

0.はじめに

本誌創刊号では綿貫哲郎氏が「中国史“論文”の集め方(簡易版)」として、初学者向けに論文の集め方を紹介されていた。「おわりに」の神保町を中心とした専門書店と「日本の古本屋」(https://www.kosho.or.jp/)は幅広く利用されているが、古書を買ってみると研究者の旧蔵であった、ということがある。本の見返しや扉に「〇〇先生 謹呈」などと書いてあるのがそれだが、時として書き込みやメモが書かれている。

本稿で紹介するのは筆者が3年前に「日本の古本屋」経由で、ある古書店から購入した抜刷である。抜刷とは、論文が学術雑誌などに採用された場合に、当該論文だけを抜き出して冊子のようにしたもので、他の研究者に送って批判を乞う名刺代わりである。筆者が購入した抜刷には献呈された研究者による書き込みがあり、他の「史料」も参照することで著者の思わぬ一面を知ることができるのだ。

なお、抜刷の本文および書き込みは旧仮名遣いと旧字体で書かれているが、現代仮名遣いと新字体に改めた。

1.一部の抜刷
抜刷のタイトルは「李悝法経考」。表紙には「東方学報 京都 第四冊 昭和九年一月」とあり、著者の名は小川茂樹(写真1)。この年の4月、三重県桑名の貝塚家に養子入りし「貝塚茂樹」(1904~1987)として殷周史研究に大きな業績を残すことになる人物である(本稿では「貝塚」で統一)。父は地理学者の小川琢治、兄弟も学者として名高く、日本人初のノーベル賞を受賞した湯川秀樹はその弟である。当時は研究員として東方文化学院京都研究所に在籍していた。……


加藤純一「白馬非馬の世界 ――ボーダーレスの平和論――」

「白馬非馬(白馬は馬にあらず)」という言葉を聞くとき、皆さんはどんなことを思われるでしょう。多分、多くの人は「白馬だって馬に決まってるじゃないか!」と眉を顰められるのではないでしょうか。でも、この言葉の真意がワケの分からない理屈で人を煙に巻くことにあるのではなく、実は世界を平和に導きたい切なる願いから発せられた言葉だとしたらどうでしょう。意外にお思いになるでしょうか。

今回、皆さんにお話したいのはまさにその点です。「白馬非馬」の思想が混迷の戦国期に平和をもたらすに違いないと考えた名家の思想家である公孫竜。その公孫竜の著作とされる『公孫竜子』を読むことで彼が考えた「平和世界への理論」について私なりに説明をしてみようというのが本稿の目的です。

また、この『公孫竜子』の思想が二千数百年後の現代社会を生きる我々にとって極めて有用なものだとも私は考えています。それはなぜかということに関しても簡単に説明して参りいたと思います。それではしばらくの間お付き合い下さい。……


佐藤信弥「中国時代劇の世界 第5(6?)回 中国時代劇の中のスリーパー・セル」

ひと頃「スリーパー・セル」という言葉がSNSを賑わせたことがあった。weblio辞書の『新語時事用語辞典』の解説によれば(https://www.weblio.jp/content/スリーパーセル)、スリーパー・セルとは、英語で「潜伏工作員」の意味で用いられる言葉である。平時は一般市民に紛れて生活し、有事には所属する国家機関や組織から指令を受け、破壊工作やテロ行為などによって敵国を内部から攪乱する役目を担うとされる。日本にもスリーパー・セルが潜伏しているという風説(あるいは悪質なデマと言い切った方がよいかもしれない)が流されたことで話題になった。

筆者はこうした風説をバカバカしいと思うと同時に、中国時代劇にもスリーパー・セルと言えそうな存在がしばしば登場することに思い当たった。たとえば架空歴史物の『琅琊榜~麒麟の才子、風雲起こす~』(原題『琅琊榜』)。本作は同題のネット小説を原作としたもので、原作者の海宴自身が脚本を担当した。全54話で、制作は前回の本欄で取り上げた『大江大河』と同じく東陽正午陽光影視である。2015年に配信・放映されるや、シナリオもさることながら、主演の胡歌と王凱、ヒロインの劉濤といった俳優陣の演技、対称美を意識した画面の構図など映像面のこだわりも高く評価され、架空歴史物ジャンルの金字塔となった。……


広中一成「満洲人物伝 第4回 水野梅暁と満洲国――「東洋文化」の保護と振興」

僧侶兼中国問題のジャーナリスト
水野梅暁は、明治時代後期から日本敗戦後の長きにわたり、日中両国の交流に尽力した日本人僧侶(途中で還俗)です。そのような活躍をしたにも拘らず、彼が今日あまり知られていないのは、彼が満洲事変以降の日本の中国侵略を支持したためではないかと考えられます。なぜ、水野はそのような考えに至ったのでしょうか。また、水野と満洲とはどういう関係にあったのでしょうか。

水野 (旧姓金谷)は1878年(または1877年)に広島県で生まれ、幼くして曹洞宗僧侶水野桂巌の養子となり、仏門の世界に入りました。得度後の1901年、師と仰いだ上海東亜同文書院初代院長の根津一の計らいで中国に渡ります。

同院で中国語を学び終えると、水野は湖南省長沙を拠点に現地の学者と僧侶と親しく交流し、中国のインテリ層を中心に幅広い人脈を築きました。また、湖南を訪れた本願寺派の大谷光瑞とは昵懇の仲となり、それが縁で水野は宗旨替えまでしてしまいます。

辛亥革命が勃発すると、水野は現地で革命軍を支援したほか、革命の状況を日本に伝えるジャーナリストとしても活動します。彼が1924年に外務省などの援助を得て創刊した雑誌『支那時報』は、戦前から戦中の日本における中国問題のオピニオン誌となりました。……


平林緑萌「前漢功臣伝抄 第5回 周緤──劉邦の「参乗」は誰か」

■「鴻門の会」と「参乗」
漢元年(前206)十月、武関を抜き、藍田でも秦軍を破った劉邦は、諸侯に先んじて覇上に至り、ここに秦王子嬰の降伏を請け容れた(高祖本紀など)。

いっぽう、項羽はこのとき未だ東の函谷関を破れておらず、劉邦が先に関中入りを果たしたことを聞き、激怒したという。その後、黥布をして函谷関を抜かしめ、戲西に至った項羽と、その陣中に向かった劉邦との会見が、漢文教材でも広く知られる「鴻門の会」である(項羽本紀など)。

「鴻門の会」の全体についてはここでは節略するが、この会見の中途、劉邦の身を案じた樊噲が宴席に乱入するシーンがある。

項王按剣而跽曰「客何為者」。張良曰「沛公之参乗樊噲者也」。

これは、闖入者である樊噲を訝しんだ項羽に対し、張良が説明をするくだりである。今回は、ここで張良によって発せられた「参乗」という言葉に注目するところから始めよう。……


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