学会情報

中国史史料研究会 会報第12号:試し読み

表紙は天壇・祈年殿(北京)の風景。


鷹取祐司「籾山明、ロータール・フォン・ファルケンハウゼン編『秦帝国の誕生—古代史研究のクロスロード—』」

本書は、2018年に開催されたシンポジウム「秦帝国の誕生—英語圏の研究者との対話—」での報告とコメントを増補し、特別寄稿一編を加えて編まれた論文集である。本書は秦が統一帝国を実現するまでの長い歴史的展開に焦点を当て、それに関する英語圏・日本語圏双方の研究者による文献史学と考古学それぞれの最新の研究成果を示すことを目的とする。シンポジウム報告を論文集として刊行するにあたり、サブタイトルを「古代史研究のクロスロード」と改めている。これには、英語圏と日本語圏の研究潮流の交差、考古学と文献史学との研究方法の交差、今後の古代史研究にとっての分岐点、という三つの意味が託されている。欧米圏の中国史研究に対する日本の研究者の関心は、私自身も例に漏れず、薄い。しかしながら、今日の中国学には英語による中国古代史・考古学研究という大きな磁場が形成されており、その存在を日本の研究者に伝えたいというのが編者の意図である。巻末のイェイツ「西欧言語による秦史研究文献目録」に390編も採録されていることが、その磁場の強さを物語っている。
以下、本書所収の論考の内容を渡邉・髙村・吉本論文については結論だけでなくその根拠も併せて、紹介してゆこう。……


豊岡康史「菊池秀明『太平天国―皇帝なき中国の挫折』」

本書は、著者菊池秀明氏の『広西移民社会と太平天国』(風響社、1998年)、『清代中国南部の社会変容と太平天国』(汲古書院、2008年)、『金田から南京へ 太平天国初期史研究』(汲古書院 2013年)、『北伐と征西 太平天国前期史研究』(汲古書院、2017年)などの大著によって実証的に明らかにされてきた太平天国の実態を、岩波新書の一冊としてコンパクトにまとめて刊行されたものである。本書のあとがき(246頁)には、(太平天国をめぐる一連の事件を)「『勝者の物語』から取り戻すことが必要だ」とある。太平天国運動は、清朝から邪教とされ、中華民国から反清運動とされ、中華人民共和国によって先駆的な農民運動とされ、その後、言及を避けられるばかりか、近年では鎮圧を主導した曽国藩が褒めそやされることとなった。これらの政治的な評価(そしてそれは1980年代までの日本の歴史学にも影響していた)から離れて、辺境社会の底辺からたちあがり一つの国家、太平天国をうちたて、長江下流域の人口を激減させる地獄をもたらし、そしてきれいに消え去った、「誰も想像がつかないような独特の色彩」(当時のフランス人神父の所感/162ページ)をもつ人々が、いかなる社会構造のなかに生きていたのかを本書は描き出している。……


亀田俊和「亀田俊和の台湾通信 第13回」

前回の続き。こんな感じで中国語の勉強を続けているのであるが、やがて自分はそもそも日本語すらろくに知らないことに気づいてきた。
あるとき、確か台湾に来たばかりでまだ学期が始まる前だったと記憶しているが、ひまだったので日本語学科の図書室で何気なく日本語教育の本を眺めていたら、「オノマトペ」という言葉がタイトルに入っている本を見つけた。
それまで、私は「オノマトペ」という言葉を知らなかった。何だろうと思ってその本を手に取って少し読んでみた。オノマトペというのは、擬音語や擬態語のことである。日本語は、他の言語と比較してオノマトペの数が非常に多い言語だそうである。そんなことも知らなかったので、かなり驚いた。
そして学生たちは、このオノマトペを相当苦手としているらしい。……


綿貫哲郎「「満洲」と「満州」―ある清朝史研究者の憂鬱―」

0.はじめに

私が中国前近代史の講義などで「満洲」に言及すると、受講者より「私の一家は“満洲”引き揚げ者です」とか「母方の祖父が満鉄で働いていました」と言うような挨拶をよくされる。このように「満洲」と聞けば、近代史で日本帝国主義が現在の中国東北部に建てた傀儡国家「満洲国(1932~1945年)」を思い浮かべる人が多い。
現在では、新聞・報道・辞書類・書籍・教科書・漫画など多くが「サンズイなし」の「満州」と表記するほか、ワープロ機能までもが「サンズイなし」に変換候補することで拍車を掛けている。そのため、これが「正しい表記」と思われている。しかしながら、傀儡国家「満洲国」の国名は、正しくは「サンズイ付き」である。この表記は、17世紀前半に確定した満洲語「マンジュ」の漢字音訳表記「満洲」から来ているのであるが、なぜこのようなことになったのだろうか。
私自身は「サンズイなし」表記の蔓延で困惑する一人の清朝史研究者である。そして「サンズイなし」の「満州」表記とは、傀儡国家「満洲国」の研究課題のひとつであり、清朝史とは基本的に無関係であると考えている。この件について、本稿で整理してみたい。……


佐藤信弥「『戦乱中国の英雄たち』刊行に寄せて」

本誌創刊準備号から第10号まで連載していた『中国時代劇の世界』だが、大幅に加筆修正のうえ、2021年5月に中公新書ラクレにて『戦乱中国の英雄たち――三国志、『キングダム』、宮廷美女の中国時代劇』の題で刊行の運びとなった。本書の章立ては以下の通りである。

第1章 虚実の狭間の三国志
第2章 『キングダム』の時代と実力主義
第3章 項羽と劉邦のタイム・パラドックス
第4章 異民族? 自民族?
第5章 ジェンダーの壁に挑む女帝武則天
第6章 剣客たちの政治学
終 章 中国時代劇のこれまでとこれから

第1章で三国志物のドラマ、第2章で春秋・戦国時代を舞台にした作品、第3章でタイムスリップ物と異世界転生物について取り上げ、第4章では時代劇の中の「異民族」、少数民族の描写について取り上げる。第5章では宮廷物やラブ史劇、第6章で武侠ドラマについて取り上げ、終章は総論という構成である。
本書で取り上げている作品は、現地で2020年の夏頃までに放映・配信されたものである。それ以後のものについては、一部タイトルのみを言及しているものもあるが、基本的には取り上げていない。そこで本書の刊行に合わせ、2020年の秋以降に放映・配信された作品の中で気になったものを2つ取り上げることにしたい。……


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